クローザープラスを語るとき、ほぼ必ず一緒に出てくる言葉があります。
「練習用」。
この言葉、便利ですよね。
深く考えなくていいし、期待もしなくていいし、雑に扱っても罪悪感が薄まる。
でも冷静に考えると、これほど残酷なラベリングもなかなかありません。
「練習用=本番では使われない」
「練習用=感動は求めていない」
「練習用=壊れなければOK」
要するに、走っても記憶に残らなくていい存在という宣告です。
GP5000は「決戦用」。
アジリストライトは「愛用品」。
なのにクローザープラスは、最初から“感情を持ち込まれない枠”に入れられる。
私もそうでした。
・とりあえず履く
・とりあえず距離を稼ぐ
・とりあえず減ったら替える
誰よりも働かせているのに、誰よりも雑に扱っている。
いて当たり前。
いなくなったら困る。
でも、誰も感謝はしない。
それが「練習用」という言葉の正体です。
しかも厄介なのは、クローザープラス自身がその扱いに一切逆らってこないところ。
主張しない。
速さを誇らない。
履き心地を語らせもしない。
ただ、パンクせず、減りすぎず、今日も普通に走らせる。
結果どうなるか。
GP5000は「語った距離」が増え、
アジリストライトは「思い出の距離」が増え、
クローザープラスは「何も起きなかった距離」だけが静かに積み上がる。
そしてある日、気づきます。
「あれ?一番一緒に走ってるの、こいつじゃないか?」
この記事では、そんな 「練習用という言葉に押し込められた名脇役」クローザープラスについて、“語られなさ”そのものをネタにしながら、私が履き潰し続けてきた体験談を「あるある」を交えながらお話しします。
派手な結論はありません。
でも、「あー、わかる…」って顔になる人は、たぶん相当いるはずです。
たっちちょっと笑えて、でも妙に納得してしまうお話をしていきますよ。
→GP5000のクスっと笑えるネタ記事はこちら
→アジリストライトへの愛を語った記事はこちら
①クローザープラス、だいたい最初は「普通」
クローザープラスあるあるですが、初めて履いたときの感想は大抵こうです。
「……普通だな」
軽すぎて感動するわけでもなく、重くてガッカリするわけでもない。
ただ、ちゃんと転がる。
ちゃんと止まる。
第一印象で語ることが、あまりない。
でも不思議なことに、その「普通さ」が、ちゃんとあとから効いてきます。
気づけば、ショップの合言葉
ショップで「最初ならコレで十分ですよ」と、クローザープラスを渡されることも定番あるある。
初心者は思う。



(“十分”って、だいたい妥協の言葉では…?)
別の日、別の客。
「とりあえず何がいいですか?」
店員、間髪入れずに一言。
「とりあえずクローザープラスですね」



この、「とりあえず生」感よ。
選ばれているのに、誰も熱く語らない。
なのに、売れ続けている不思議。
数年後、なぜか戻ってくる
月日は流れ、高級タイヤも履いた。
軽量モデルも試した。
“決戦用”も経験した。
そして、ある日。
「最近、パンク多いな」
「雨の日、気を使いすぎるな」
「今日は何も考えず走りたいな」
ショップでふと目に入る、クローザープラス。
「……久しぶりに、アレでいいか」
この瞬間、なぜかちょっと安心する。



「高級タイヤ→クローザープラス」。
この時、なぜかホッとするのもあるあるです。
再会後の感想は、だいたい同じ
走り出して5分。
「……あ、これでいい」
派手さはない。
速さを誇らない。
でも、邪魔もしない。
気づく。
「“普通”だったのは、タイヤじゃなくて自分の理解だった」。
クローザープラスあるある・総括
- 最初の印象:普通
- 選ばれ方:最初ならコレ
- 呼ばれ方:とりあえず
- でも最後:また履いてる
クローザープラスは、
語られないのに、忘れられない。
派手じゃないのに、定位置に戻ってくる。
そんな、不思議な存在。
初心者の横にいて、ベテランの足元にも、しれっと戻ってくる。
クローザープラスは、サイクリスト人生の“実家”みたいなタイヤなのかもしれません。
クローザープラスの実走感や詳しいレビューを知りたい人はこちら
→クローザープラス徹底レビュー
→【Q&A方式】クローザープラスの疑問まとめ
②みんな使ってるのに、誰も語らない問題
不思議な話だが、街を走れば、ショップを見れば、だいたい誰かがクローザープラスを履いている。
それなのに──
ブログ記事が少ない。
レビューも熱量が低い。
SNSでも伸びない。
理由は簡単。



何も起きないからです。
事件が起きない=記事にならない
・パンクしない
・滑らない
・空気圧で悩まない
・寿命が読める
つまり、
「うわぁぁぁ!」も
「なんじゃこりゃ!」も
「人生変わった!」も起きない。
結果、書くことがない。
これはブロガー泣かせだが、タイヤとしては満点回答。
ネットの評判が地味すぎる
検索すると、だいたいこんな評価。
- 普通
- 無難
- 悪くない
- 可もなく不可もなく
初心者は不安になる。
「褒めてないじゃん…?」
でも、よく考えてほしい。
致命的な欠陥があったら、“悪くない”なんて言われない。
尖ってない=事故らない
速さに全振り → 摩耗が早い
軽さに全振り → パンクしがち
グリップ重視 → 転がらない
そのどれでもない。
つまり、どの地雷も踏みに行かない設計。
クローザープラスは、「尖らない勇気」を持ったタイヤだ。



バランス重視の万能タイヤですからね。
クローザープラスの実走感や詳しいレビューを知りたい人はこちら
→クローザープラス徹底レビュー
→【Q&A方式】クローザープラスの疑問まとめ
地味すぎて逆に信頼される現象
ショップ店員が自信満々に言う。
「とりあえず、これで問題出た人いないです」
この一言の破壊力。
レビュー100件の絶賛より、この“問題出てない”の一言が強い。
だから今日も、パナレーサーのクローザープラスは静かに売れていく。



これってかなりヤバい存在感ですよ…
クローザープラスあるある・総括
- 話題にならない
- 炎上しない
- 自慢もされない
- でも消えない
それはつまり、
何も起きないという、最大級の安心感
クローザープラスは、主役にならない。
語られない。
でも、現場からはいなくならない。
今日もどこかで、誰かのライドを何事もなく支えている。
──それが、一番すごい。



価格の安さもクローザープラスの大きな魅力!
タイヤにこだわりがない人や初心者にもメチャメチャおすすめのタイヤですよ!



さっそく価格をチェックしておきましょう!
③気づいたら距離を稼いでいるタイヤ
これもかなり定番のあるあるです。
「今日は練習だから、クローザーでいいか」
そう思って履いたはずなのに、
- 次も
- その次も
- 気づけば本番以外ずっと
クローザープラス。
理由は単純で、替える理由がないから。
練習用のつもりが、常用に
導入時の立場は明確だった。
- レース用 → 用意してある
- イベント用 → いいの履く
- クローザープラス → 練習用・消耗枠
完全に二軍。
むしろ「働いてもらう側」。
ところが、ある日こう思う。
「……あれ?次のライド、わざわざ替える意味ある?」
理由は曖昧。
- 速さは“まあ十分”
- 雨でも気楽
- パンクの心配が頭をよぎらない
- 帰り道で疲れても、安心して踏める
気づくと、週末もクローザープラス。
さらに気づくと、イベント前夜もそのまま。
もはや「練習用」という呼び名だけが独り歩きしている。



もうその実態は、生活タイヤです。
そして最終的に、こうなる
クローザープラスを履いていると、
- 「今日はちょっとだけ」と言いながら距離が伸びる
- 「今日は真面目に」と言っても身構えすぎない
- 走り終わったあと、妙に満足感がある
速さで感動させるわけじゃない。
軽さで語られることも少ない。
でも、
「“走る時間”を自然に増やしてくる」。



コレ、かなり強い個性です。
クローザープラスあるある・総括
- 気づいたら距離を稼いでいる
- 気づいたら常用になっている
- 気づいたら信頼している
クローザープラスは、主役顔しないくせに、出番が一番多い。
そんなタイヤです。
このまま「他のタイヤに替える理由が特にない」という境地に入ったら、もう立派な“クローザープラス沼”ですよ。



フフフ……
コチラ側へいらっしゃいな…
クローザープラスの実走感や詳しいレビューを知りたい人はこちら
→クローザープラス徹底レビュー
→【Q&A方式】クローザープラスの疑問まとめ
④GP5000宗教という“別の世界”を横目で見る
ここでちょっと別の視点からクローザープラスを見てみましょう――
ロードバイク界隈には、なぜか“宗教”と呼ばれてしまうタイヤがあります。
そう、GP5000です。
信者がどうこう、ではなく、これはもう文化。
速い理由が説明できて、
数値も理論もそろっていて、
語ろうと思えば何時間でも語れる。
だから、
- 迷ったらGP5000
- とりあえずGP5000
- もう脳死でGP5000
みたいな言葉が自然に生まれる。
これは信仰というより、便利すぎて共通語になった結果だと思っています。
一方で、クローザープラスはどうか。
履いている人は多い。
むしろ、かなり多い。
でも、語られない。
- 速さ議論に出てこない
- 数値比較の俎上に乗らない
- SNSで布教されない
なのに、なぜかずっと売れている。
これ、冷静に考えると結構おかしいです。
GP5000が「語られるタイヤ」だとしたら、クローザープラスは「黙って使われるタイヤ」。
GP5000が宗教だとしたら、クローザープラスは日常。
派手な教義はないけど、誰かがどこかでいつも履いている。
そんな存在です。



GP5000は「信じる者は救われる系タイヤ」ですが、
クローザープラスは「信じなくても救われているタイヤ」です。
GP5000宗教の世界が「みんなで語る楽しさ」なら、クローザープラスの日常は「語らなくていい安心感」。
私は信仰を否定する気もなければ、入信をすすめるつもりもありません。
ただ、どちらの幸福を選ぶのかの違いだけなのです。



宗教になるタイヤも凄い。
でも、「宗教にならないまま選ばれ続けるタイヤ」も同じくらい凄いって思ってます。
補足:ところで「GP5000宗教」とは?
GP5000宗教とは、ロードバイク界に自然発生した“信仰体系”のことです。
教義はシンプル。
・「迷ったらGP5000」
・「迷ってなくてもGP5000」
信者たちはGP5000を履いた瞬間、「転がりが違う」「世界が軽い」「もう戻れない」と悟りを開きます。
その体験はあまりに強烈で、気づけば他人にも布教しがち。
初心者が「何がいいですか?」と聞けば、「GP5000でいいよ(断言)」と返ってくるのが典型例です。
面白いのは、信者同士は細かい説明をしないこと。
“履けば分かる”という、完全に宗教的なスタンス。
もちろん性能は本物。
だからこそ冗談半分・本気半分で「GP5000宗教」と呼ばれるのです。
信じるも、信じないもアナタ次第。
ただ一度触れると、入信している自分に気づくかもしれません。



この半分ネタ・半分本音の空気感が、ロード界隈では妙に共有されています。



そこがまた、宗教っぽいんです。
→GP5000宗教について詳しく知りたい人はこちら【前編】
→GP5000宗教のあるあるや小ネタ集はこちら【後編】
まとめ|クローザープラスは、語られないまま続いていく
クローザープラスは、決してテンションが上がるタイヤではありません。
履いた瞬間に感動することもないし、誰かに語りたくなるネタも少ない。
でも、
気づくとまた選んでいて、
気づくと距離が伸びていて、
気づくと「今回もこれでいいか」と思っている。
たぶん、このタイヤの強さはそこです。
GP5000みたいに信仰を生むわけでもなく、アジリストライトみたいに恋に落ちるわけでもない。
ただ、黙って役目を果たし続ける。
練習用のつもりで履いて、いつの間にか常用になり、理由を説明できないまま、また戻ってくる。
クローザープラスは、そうやって“生活の一部”に溶け込むタイヤだと思います。
派手さはない。
でも、離れがたい。
それが、このタイヤがずっと生き残っている理由なのかもしれません。



選んだ記憶は薄いのに、使っていた時間だけはやけに長いタイヤです。
クローザープラスの実走感や詳しいレビューを知りたい人はこちら
→クローザープラス徹底レビュー
→【Q&A方式】クローザープラスの疑問まとめ
【オマケ】クローザープラスあるある11連発



それでは、クローザープラスにまつわる「あるあるネタ」を紹介して終わりにします。
- 初めて履いたとき、正直「可もなく不可もなく…」と思う
- でも気づくと、やたら距離を稼いでいる
- 「とりあえずこれでいいか」が最上級の褒め言葉になる
- 空気圧を多少サボっても、怒られない
- 高級タイヤに替えたあと、結局クローザープラスに戻る
- 練習用のつもりが、いつの間にか常用になる
- 摩耗しても、最後まで性格が変わらない
- 他人に熱弁するタイヤではない
- 初心者ほど「あ、いい…」と感動(感動のハードルが低い)
- 「とりあえずクローザープラス」が合言葉のショップが存在する
- でも、「何使ってる?」と聞かれるとなぜか誇らしい
- ガチレーサー「速くはないけど、遅くもない」
- ロングライド派「こういうのでいいんです!」
- 通勤・通学勢「軽い・減らない・裏切らない」
- ベテラン「これまでどれほど使ってきたか…」
- 初心者「万能・安い・扱いやすい!」
→“全員の人生に一度は関わるタイヤ”



実走レビューや詳しい解説、購入前に最終確認したい人は、こちらの記事を参考にしてね!










