今回は第2話です。
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第2話「山は私のもの、のはずだった」
「さてと、では山へと向かうかね」
その一言で、アジリストライトの鼓動がわずかに高鳴った。
砂利道へ消えていくグラベルキングの「ヒャッホー!」という声が、遠くなっていく。
「行きましょう」
アジリストライトはペダルに力を込めた。
(山は私の得意フィールド。
冬の間ずっとトレーニングしてきた。
ダイエットも成功したし、ヒルクライムシーズンに向けて準備もしてきた)
「あわよくば……」
坂が始まった――
「ところで」
上り始めてすぐ、GP5000が口を開いた。
「君の軽さはヒルクライムでは確かに武器になる」
「はい。急勾配ほど軽さが生きるので」
アジリストライトは得意気に言った。
「山は私のフィールドですから」
「そうだね。だが――」
GP5000はチラリと前方の山に視線を移した。
「武器が機能するのは、条件が整ったときだ。」
「……条件?」
「それが今日の基準になる」
「基準…」
「すぐに分かるよ」
GP5000はスピードを上げた。
最初の異変は、坂に入って五分もしないうちに来た。
「っ!」
路面に木の枝が散乱している。
春先の峠道は、冬の間に落ちた木の枝や小石が掃除されないまま残っている。
しかも昨日の雨で路面に細かいゴミがパラパラと浮いている状態だった。
(こういうの、苦手なんだよな…)
アジリストライトは自覚している。
自分が細くて薄いタイヤだということを。
繊細で感度が高いと言うと聞こえはいいが、要はか弱くて打たれ脆いということだ。
路面の情報をダイレクトに拾えることは長所でもあるが、気にしすぎるとメンタルは疲弊する。
枝を踏む。
「っ……」
小石を踏む。
「……っ」
そのたびに、体がピクリと反応する。
パンクしたわけじゃない。
ダメージもない。
でも踏むたびに「大丈夫か?」と神経が動揺する。
そしてその積み重ねが、走りのリズムを少しずつ乱していく。
「ライン、もう少し右に寄れるかい?」
GP5000が横から言った。
「その方が枝が少ない」
「……ありがとうございます」
素直に従う。
確かに少しマシだ。
でも完全には避けられない。
(気にしなければいい。気にしなければ——)
小石。
「っ……」
(気にするな……!)
枝。
「……っ!」
(気に——
しちゃう……!)
また枝を踏む。
(ダメだ。一旦気になってしまったら、もう…)
頭から離れない。
アジリストライトのように軽さに振り切っているならなおさらだ。
「メンタルの消耗が走りに出てるね」
並走しながらGP5000が静かに言った。
「軽量タイヤは荒れた路面では神経のコストが増える。
脚だけじゃなく、メンタルも削られる」
「………」
「それが今日の条件だ」
勾配がきつくなってきた。
本来ならここからがアジリストライトの得意区間だ。
急勾配になればなるほど、軽さがモノを言う。
中腹を過ぎたあたりで、アジリストライトはある決断をした。
(山頂手前の急勾配区間――
あそこなら…!)
「GP5000さん」
「なんだい?」
「最後の急勾配区間、勝負しませんか?」
(来たか…!)
GP5000は顔を上げた。
「あそこだけの区間タイム。
私が勝ったら、軽さが正義で認めてもらえますか?」
「……なるほど」
GP5000はうなずいた。
「いいよ。ただし――」
「ただし?」
「手加減はしないよ」
「望むところです」
アジリストライトは前を向いた。
(冬の朝、誰もいない坂を何度も登った…
あの時間、全部ここで返す!)
急勾配の入口で、ふたりが並んだ。
「スタート――」
ふたりは同時に踏み込んだ。
先に飛び出したのはアジリストライト。
漕ぎ出しの軽さ、加速の鋭さ——これがアジリストライトの真骨頂だ。
特に山では負け知らず。
これまで多くのライバルを置き去りにしてきた。
一瞬で数メートル、前に出る。
(いける——!)
踏む。踏む。踏む。
(いける——!!)
その時、
「——っ!」
急に脚が重くなった。
(まずい……
序盤で削られすぎた…)
気づくとGP5000に並ばれていた。
「ここまでよく来たよ」
GP5000が加速した。
(速い……!!)
スルスルと前に出ていく。
ブレない。
乱れない。
路面に枝があっても、小石があっても、GP5000のラインは安定している。
路面をきちんと踏める。
だから出力がロスしない。
(あれが……バランスってやつか……)
アジリストライトはもう、追いかけることもできなかった。
(軽さだけじゃ、全部は賄えない……)
ゴールラインを、GP5000が先に越えた。
アジリストライトは崩れ落ちた。
「………」
言葉が出なかった。
トレーニングしてきた。
ダイエットも成功した。
冬の間ずっと積み上げてきた。
なのに――
頭の中が、しんと静かになった。
(軽さは正義だと思っていた…)
(ここは、私のフィールドだと思っていた…)
なのに——
そこへ砂利道から泥だらけのグラベルキングが飛び出した。
「ただいま~!
山登りなんて久しぶりだよー」
元気いっぱいに登場したグラベルキングだったが、そこにはグッタリと地面に崩れ落ちたアジリストライトと心配そうに抱えるGP5000の姿があった。
(ああ、これは…)
グラベルキングは一瞬ですべてを察知した。
(GP5000サン、アンタ手加減できない人だねえ…)
その時、アジリストライトか弱く声を絞り出した。
「あの…」
「大丈夫か!?」
「タマシイ、出ちゃう、カモ……」
そう言い残してガクッと崩れ落ちるアジリストライト。
「そんな冗談が言えるなら、もう大丈夫だな」
GP5000が安堵の表情を浮かべた隣で、グラベルキングはアジリストライトの口元を凝視していた。
(エ、エクトプラズム…はじめて見た…)
「いやGP5000さん、コレ、幽体離脱ってヤツなんじゃ?」
グラベルキングはそう言おうとしたが、とっさに言葉を飲んだ。
(アイツ繊細だし、悟られたくないかもな…)
腕まくりして肩をグルグル回した。
(しょうがない。一肌脱ぐか…!)
「ハッ!!」
グラベルキングは突如、地面から飛び上がった。
そのときアジリストライトは、頭上を儚く揺蕩いながら二人を見下ろしていた。
(死後の世界…かな…?)
「みんな、今までありがとう…
グラベルさん、下っ腹が太いって言ってゴメンナサイ…」
そう言おうとした瞬間――
地面から飛び上がったグラベルキングの手が物凄い勢いで伸びてきた。
「ファッ!?」
目の前が真っ暗になるアジリストライト。
グラベルキングはアジリストライトのタマシイを見事なまでにワシ掴みしていた。
「むぎゅぎゅぎゅっ…」
握りしめられたアジリストライトは悶え声を上げるが、グラベルキングは気にもしない。
(GP5000さんに気づかれる前に…!)
あたりを見渡すと、転がっていたアジリストライトのホイールを手に取り、バルブの隙間から握りしめたタマシイを無理やりにねじ込んだ。
しばらくしてアジリストライトが目を覚ました。
「ああ、よかった!大丈夫か?」
GP5000は安心して声をかける。
アジリストライトはゆっくり起き上がって、さっき上ってきた坂を眺めながら声を絞り出した。
「……負けました」
「ああ」
「軽さだけじゃ、ダメでしたね…」
「そんなことはない」
「今日の路面であそこまで走ったのは見事だよ。
ただ——」
GP5000は坂を振り返った。
「春先の峠道は荒れている。
枝や小石が散乱していて路面が読みにくい。
そういう条件の中では、軽さ以外の部分——グリップ、路面追従性、安定感——がタイムに影響してくる。
それが今日の“基準”だった」
「……走りながら、感じました」
「軽さは武器だ。
でも武器が機能するのは条件が整ったときだ。
整っていないときに武器だけで押し切ろうとすると、メンタルが先に折れる」
「ですね…」
アジリストライトはしばらく黙って、それからふっと息を吐いた。
「軽さだけが正義じゃない、は——認めます。今日は」
「今日は?」
「軽さへのこだわりは、なくなりませんから」
GP5000は少し間を置いた。
「——それでいい」
「え?」
「こだわりは基準になる。
君のようなタイヤが軽さへのこだわりを持ち続けることは正しいよ」
そんなふたりの様子を、グラベルキングは満足気に眺めていた。
(またひとつ、たくましくなったんじゃない?
ま、これも私のおかげだけどね。)
タマシイのプヨプヨした感触を思い出してついニヤけながら、胸を張った。
(感謝したまえ!おおおん!)
頭の上で手を組んで得意そうに笑っているグラベルキングを見て、アジリストライトはハタと我に返った。
(あ、アイツ…!私のタマシイをワシ掴みに…)
アジリストライトの唇が震える。
(親にもワシ掴みされたことないのに!)
【次回へ続く】
次回、ロードタイヤ普及協会に新しいタイヤがやってくる。
働き者で何でもソツなくこなす現実主義者——クローザープラス。
そしてざわつくグラベルキング!
次回第3話『それ、コスパ悪くないですか?』。
お楽しみに!
美人秘書登場したタイヤのガチレビューはこちらから!



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同じタイヤでもサイズごとに価格が違いますからね。



